2021-04-13 第204回国会 参議院 農林水産委員会 第8号
そこで使われている日本語ですけれども、知育、徳育、体育と、これを生きる上での基本として、食育の基礎となるものにいたすと、このように書いてございます。 今日は、第四次食育推進基本計画について質問します。第四次です。十五年たって新しく盛り込まれた考え方は何でしょうか。
そこで使われている日本語ですけれども、知育、徳育、体育と、これを生きる上での基本として、食育の基礎となるものにいたすと、このように書いてございます。 今日は、第四次食育推進基本計画について質問します。第四次です。十五年たって新しく盛り込まれた考え方は何でしょうか。
○石井苗子君 農林水産省としては、この持続化、持続化を保つという、持続可能性を支えるための役割があるということで今三つ、調和を持ってやっていかなければならないというお話の中で、自然の恩恵の上に成り立っているということ、消費については思いをはせなければならないということ、国民の健康を守っていくということ、この三つで、一番最初の基本法の徳育というところが今欠けていると私は思っております。
知育、徳育、体育という、徳育は恩恵にあずかっているという、食べることはそうなんだと、作る人がいて、無駄にしてはいけないんだという徳育です。
(資料提示) 日本は明治以来、百五十年にわたって、いわゆる読み書きそろばんの基礎学力をしっかりと育み、紙ベースの教科書とノート、そして黒板とチョークを使用する、主に教科ごとの知識をしっかりと覚える教育を主流として、と同時に、知育だけでなく徳育と体育とのバランスの取れた教育内容がなされてきました。
ですから、こういった恵まれた環境の中で本当に泥だらけになって、真っ黒になって過ごすことができた、このことはやっぱり子供のときの私にとって大変幸せな、知育、徳育、体育、そういったものの原点になることだったかなと思っていますから、子供のときの過ごした環境、過ごす環境というのは大事だというふうに思っております。
食育基本法の中で、その前文の中に、食育は、「生きる上での基本であって、知育、徳育及び体育の基礎となるべきもの」と位置づけられております。 そのような規定がございまして、まさに食育というのは教育の一環として連携をとりながら進めていくべきものというふうに考えております。
○宮腰国務大臣 間違いなく、食は教育の中の一つである、かつ、知育、徳育、体育の前提をなすものであるというふうに考えております。しかし、だからといってイコールで無償であるというわけではないのではないかと私は考えております。
体育、徳育、知育、そして食育でございます。 この食育、もう日本に普及し始めて七年を迎えるんでしょうかね。後援しているのは、全て文科省じゃなく、食材の農林水産省、そして衛生面で厚生労働省も所管していることでありますけれども、やはり今、非常に私たちの、特にお子さんたちの味覚が狂ってしまっている問題があります。要は、簡単に言うと、スナック菓子が多くて、塩とコショウで味覚が狂ってしまっている。
知育、徳育、体育の基礎でございます。国民が生涯にわたって健全な心身を培い、豊かな人間性を育む上で重要な要素だと考えております。食育基本法及び食育推進基本計画に基づきまして、現在も関係する施策の推進、充実に取り組んでいるところでございます。
また、初等中等教育の内容につきましては、徳育の充実や基礎、基本の徹底を図りつつ、豊かな個性や社会性を育むこと、高等学校教育の多様化などのために必要な改善を行うことなどが指摘されていたところでございます。 こうした教育改革の視点や改善の方向性につきましては、現在の教育課程の改善に関する議論においても踏まえるべき重要な事柄でございまして、引き続き大きな意義を持つものと考えております。
平成十九年に教育再生会議が徳育の教科化を提唱してから十年、いよいよ、平成三十年度から道徳が特別の教科となります。道徳教育の充実は、青年会議所の運動においても最も重視してきたことの一つであります。今回の道徳の教科化には、非常に大きな意義を感じているところでございます。 教育で大切なことは、日本人が長年培ってきた道徳的価値観を教えること、自立した個人として健全な自主性を育むことであります。
○前田委員 道徳の教科化でよしとするのではなくて、徳知体の徳育を人間学で、また知育を時務学としてやるという枠組みをつくった方が、これから文科省が行おうとしているさまざまな教育改革に対する国民理解は進むと私は思っておりますので、どうぞ一考していただきたいと思います。 私は、我が国のもう一段の発展には、国民の教育に対する熱い思いが沸き上がってくることが肝要であろうというふうに考えています。
数学も英語も国語も大切でありますけど、同時に、人が人として生きるという基本的なそういう意味での徳育、これは偏向教育とか特別な価値観を与えるということではなくて、主体的に子供たちに自ら考えさせると、そういう時間を持たせるということについては大切にすべきだと思います。
その中には、知育、徳育、体育のバランスのとれた教育、また小学校からの英語教育やIT教育の充実等も入れて、それも施策に反映されております。 食育とおいしい自校式給食の推進ということで、我が市はセンターで学校給食をやっておりますが、自校給食推進をうたわせていただいて、今それを進めております。
そういう観点から申し上げれば、文部科学省的に申し上げますと、知育、徳育、体育と、食育が今入っていますが、食育をすることによって、いかに生活習慣病をなくすかという観点が、より健康的な生活を送っていく上で、長期的に見て効果が上がることではないかというのは、一つの考え方としてはあるのではないかと思います。
特に、日本では当たり前のようなことですけれども、知育、徳育、体育。食育も最近入っていますが、そういうコンセプト、学校教育の中で体育をきちっと位置づけている、スポーツを教育として位置づけているというのは、当たり前のようでいて世界の中ではそれほどあるわけではありませんから、そういうことを希望する国に対しては、ぜひ日本のノウハウ等も提供するように努めていきたいと思います。
総理は、道徳、徳育、世界に尊敬される国にならなければならない、誇りを持たなければいけない、金銭的価値だけでは動いてはいけない、日本はそっちの方は成功したけれども、大事なものは忘れたと。 しかし、資料を見てください。総理が外遊をされる。元気になられて、これはいいことだと思います。ASEANもいっぱい行かれるので、オバマさんは来られなかったりしますけれども、間隙を縫ってどんどん行ってください。
○溝口参考人 道徳というところなんですけれども、たしか、ハーバート・スペンサーが知育、体育、徳育の三育をなして、嘉納治五郎も、非常にこのスペンサーの三育を受けて、柔術から柔道へと形成していったんですけれども、その中のやはり徳育だけでもだめで、体育、知育、その連帯があって道徳というのは生まれてくるかと思います。まさに生きる知恵だと思います。
食育というのは生きる上での基本であって、知育、徳育、体育、そして食育、才育という五育を通じて、様々な経験を通じて食に関する知識、そして食を選択していく力、これを身に付けることで健全な食生活を実践することができるものと心得ております。
食育という言葉は、明治二十九年に、福井が生んだ医者でそして軍人である、そして薬剤師である石塚左玄という人が知育、徳育、体育、それだけではなしに、才能の才、才育と食育、この五育を説いたわけでございますけれども、いつの日か知徳体だけが残って食育と才育は消え去ってしまいました。
教育は知育、徳育、体育と言われますが、しかし、実際に、徳育がその三つの中の一つの重要な分野として学校教育の中で自分は習ってきたかというと、ほとんど習わないまま来てしまったというふうに思っております。 小学生のころ、むさぼるように図書館で偉人伝を読んだ時期があったんですね。
教育は、知育、徳育、体育というふうに言われておりまして、徳育についてはこれまで学校全体の中で子供たちに対して指導するということが言われておりました。ある意味では、給食そのものも道徳的な観点から指導するという視点を持つということは大変重要なことであるというふうに思います。 しかし、肝心かなめの道徳という授業が、週一度ございますけれども、それが学校行事等に使われたり形骸化しているのではないか。
そこで私は、知識だけじゃなくて徳育も体育も全ての学習が教科と呼んでもいいと思います。たとえ教科書を使わなくても、私は道徳は教科とすべきだと思っております。 そして、ちょっと文科省が今まで教科にするのを嫌がっていた、道徳教育をなぜ教科としなかったのか。それは、道徳教科書を作ることや人間性の数量的評価ができないから反対していたという面もあるのではないかと思うんですが、いかがでしょうか。
知育、徳育、体育とプラスして食育も入れるべきだということでございまして、それだけ食育という、何を食べるかによっていろんなことに影響しているという部分があり、今の御指摘の事件やいじめの問題も、食育の問題も一つの要素としてあるのではないかという位置付けの中で、今後、食の在り方、元々日本の古来の食生活というのは、そういう意味では健全な精神性を育成するためにより適した食事法であったのではないかというふうに思
そのために、それぞれの学校全体における教育もそうですが、しかし、知育、徳育、体育と言われるように、やはり我が国の学校教育の中で、徳育、つまり道徳教育について十分な指導が一方で行われていないということもやっぱり事実であろうというふうに思います。
次の質問に移りたいと思いますけれども、私は、例えば間伐材の名刺を使ったり、あるいは、木育という観点から、子供たちが知育、体育、徳育、食育に次いで、木になれ親しんで木に対する理解をする。